2016年12月18日日曜日

特異地点・妄想・妄言 2







私が特異地点とする「モノ」の主軸の延長線と、那珂市鹿島1460番地にある鹿島神社地点とが一致するとの妄想を公表したが、この付近には他にも鹿島静神社が鹿島神社の南東部とおはぐろ塚古墳の北側とに2社ある。さて、この鹿島地区と鹿島神社の由来はいかがなものかと、那珂町史と那珂郡郷土史(復刻版)を紐解いてみると、「鹿島は初め中岡村磯崎村の二村なりしが天保十三年合併して鹿島村となる」。「鹿島神社 所在地木崎村大字鹿島字小松原鎮座、社格村社 祭神武甕槌命、神體御幣、 中略 創立年不詳大昔八幡神社を廃し鹿島神社に改変すと古老の伝説なり」との文言に行き当たった。この鹿島神社の立地が八幡神社としてもともとこの地にあったのか、現状を見てみると、久慈川をのぞむのではなく南側の切れ込んでいる谷津を見下ろす立地になっている。これを見ても久慈川の対岸を意識しているようには見えない。これで私の妄想の大部分は吹き飛んでしまったが、妄想ベクトルの向きを変えてもう少し続けてみる。 この地は常陸国風土記によると久慈郡の一部となっており、当時は河川が必ずしも郡境とはなっていないことを知らしめてくれる。この鹿島地区は木前郷(木崎郷)の範囲で今日残っている地名には門部、北酒出、南酒出などがあるが、古墳の集中地帯でもある。それも久慈川を意識しているように見える古墳が多い。東西と北側を遮断し、南側だけを開放してそこに何らかのエネルギーを対岸に集中させているようにも見える、常陸太田市松栄町にある私が勝手に特異地点とする内容不明の遺構らしき地点。さて、関係やいかに。 いびつな妄想になってしまったがお許しあれ。

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