2024年6月13日木曜日

高山塚古墳のつぎは 4



 日立市水木町にある「水木1号墳」。国道245号線の造成工事により、後円部が損壊しており、現状は約58mの前方後円墳となっているようです。 この古墳は、現在の久慈川まで5kmほどの距離があり、海岸線までは450mほどで、これを久慈川流域の首長墓として扱ってよいものなのか、むしろ海の古墳ではないのかと悩むところです。

ただ、古墳のオリジナルの規模を妄想すると、全長70m級の前方後円墳と復元できる可能性があり、さすれば、日立市域では最大規模の前方後円墳となりそうなので、取り上げてみました。 時期としては、佐藤政則さんは、舟戸山古墳の後で、西の妻古墳のちょっと前に想定されています。

それでは整理してみます。 K氏(許して)や佐藤さんの説を参考にさせていただいて、高山塚古墳の後に、桜山古墳。その次に舟戸山古墳。そして水木1号墳から西の妻古墳、そして、道場塚古墳へと首長墓の変遷を妄想しました。 ただ、水木1号墳は、久慈川流域に接する古墳群とは何らかの視線の違いがあったのではないかと妄想します? 

以上、あくまで素人の妄想ですので、惑わされませんようにお願いいたします。


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