2017年11月19日日曜日

名取市 小塚古墳




宮城県名取市にある「小塚古墳」径54mの円墳。雷神山古墳の後円部の至近にあり、群馬県にある太田天神山古墳と女体山古墳との関係に似ているのではと思うが、こちらの方が時期的には早くに築かれているとの見解になっている。

名取市 雷神山古墳






宮城県名取市にある「雷神山古墳」墳丘長168mの東北屈指の前方後円墳。この古墳の後、名取平野に築かれる前方後円墳は賽の窪古墳群の中にある、5世紀中頃の築造とされる全長90mの名取大塚山古墳になりますが、その後はめぼしい古墳は見当たらないようです。そのあたりのことなどは、仙台平野に築かれている全長110mの前方後円墳「遠見塚古墳」の存在を含めて考えると、4世紀後半から5世紀にかけての東日本の動向の一端が見えてくるのかもしれません。なお、雷神山古墳からは穏やかに見える周辺の景色も、震災においては大きな被害を受けたことはテレビで見ましたが、復興はまだ道半ばの所もあるとお聞きしました。

2017年11月18日土曜日

名取市飯野坂古墳群 薬師堂古墳



名取市飯野坂古墳群の中にある「薬師堂古墳」全長66mの前方後方墳。この古墳群中一番南東側にある。南側には消滅した山囲古墳があったらしい。

名取市飯野坂古墳群 宮山古墳





名取市飯野坂古墳群の中にある「宮山古墳」全長60mの前方後方墳。山居古墳から南東方向に若干距離をとった位置にあり、この古墳群中一番高所に築かれている。南側には消滅したカラト塚古墳があったらしい。

名取市飯野坂古墳群 山居北古墳





名取市飯野坂古墳群の中にある「山居北古墳」全長42mの前方後方墳。この古墳群中一番北西側に位置している。

名取市飯野坂古墳群 山居古墳






名取市飯野坂古墳群の中にある「山居古墳」全長60mの前方後方墳。この古墳群自体が住宅団地に取り込まれてしまっている。

2017年11月14日火曜日

名取市飯野坂古墳群 観音塚古墳




2基の方墳の南東方向に築かれている「観音塚古墳」全長65mの前方後方墳。
この古墳群に5基ある前方後方墳の主軸はほぼ北西方向にそろえられているが、この観音塚古墳と2基の方墳の立地は、西側にある山居古墳、山居北古墳より低い位置にあり、当然西側の眺望は開けない。よって、北側から南東にかけてを意識した築造立地となるのだろうと思うが、北西方向には実見できなかったが高舘山古墳があり、そちらも意識してたのではと思うが。

2017年11月13日月曜日

名取市飯野坂古墳群 観音塚北1号墳


観音塚北2号墳の東南側至近に築かれている「観音塚北1号墳」14,4mの方墳。

名取市飯野坂古墳群 観音塚北2号墳


名取市にある飯野坂古墳群の中にある「観音塚北2号墳」14,2mの方墳。

2017年11月12日日曜日

宮城県名取市 飯野坂古墳群

宮城県名取市の住宅団地の中にある飯野坂古墳群。主軸を同じくする5基の前方後方墳と2基の方墳とで構成されている。興味深い構成です。築造順は観音塚古墳→宮山古墳→薬師堂古墳→山居古墳→山居北古墳という変遷が想定されている。

2017年11月11日土曜日

宮城県名取市 高舘山古墳






JR名取駅から北西方向約4kmほどの所にある標高約200mの高舘山に「高舘山古墳」はある。前方後方墳、全長約60m。測量が行われていて、熊野那智神社近くにある観音堂付近から山道に入り、高舘城址の反対側にあるらしいというところまでは調べてきて、あとはぶっつけ本番ということで現地に入ったが、時間的制約もあり結局たどり着けなかった。ザンネン。下段画像の測量図は雷神山古墳の所にあった掲示板より。

2017年11月10日金曜日

宮城県名取市の古墳踏査


今日、宮城県名取市にある前方後方墳を中心に古墳踏査をしてきた。
順次公開していきたい。