2026年3月9日月曜日

梵天山古墳からはじまったのか 6


 毎度、国土地理院の傾斜量図を拝借しています。

画像の赤矢印は南から(下から)、梵天山、星神社、中野冨士山、道場塚各古墳で、次に香仙寺、丸で囲った青木地区、そして大方鹿島神社古墳です。

今回、久慈川と支流の山田川と浅川とに挟まれて、南北に縦列に並んでいるように見える、梵天山古墳以下の古墳群と横穴墓群とを取り上げてきました。 参考になるかどうか、梵天山古墳などについて試しに話題の「AI」に聞いてみました。


〇梵天山古墳が北関東にある意味

常陸太田市にある梵天山古墳は、関東地方北部におけるヤマト王権との関係性を示す重要な存在です。 この古墳は、当時のこの地域の有力な首長が支配力を持ち、ヤマト王権と協力関係にあったことを示唆しています。

〇所在地の重要性

梵天山古墳は常陸太田市にあり、久慈川流域を支配したとされる「久自国造舟瀬足尼」の墓だと伝えられています。この古墳群が位置する常陸太田市島町は、標高30mほどの独立した丘陵上にあり、当時の交通の要衝であった久慈川とその支流からの視線を意識して築造されました。

〇ヤマト王権と地方豪族との関係

梵天山古墳の築造時期とされる古墳時代前期(4世紀頃)のヤマト王権は、現代でいう「朝廷」のような中央集権的な政府ではなく、奈良盆地を中心とした有力豪族たちの緩やかな連合政権でした。しかし、ヤマト王権はその勢力範囲を徐々に拡大し、4世紀から6世紀にかけて関東・北陸・南九州なども含め、日本列島各地を統合していきました。

〇豪族連合の実態

ヤマト王権は、大王(のちの天皇)と畿内の豪族が中心となり、各地の豪族とは主に貢納や奉仕を通じて関係性と築いていました。各地の豪族はヤマト王権に仕え、その権威のもとで一定の自治権を保持していたと考えられます。

(梵天山古墳、星神社古墳、中野冨士山古墳、高山塚古墳の発掘調査が行われて、今の「AI」には答えられないような、新たな知見が出てくるものと期待しています。)


2026年3月6日金曜日

梵天山古墳からはじまったのか 5


梵天山古墳から北西方向4、3kmほどの所にある、大方鹿島神社古墳。 大型円墳で埴輪あり、墳丘の半分ほどを削り取って鹿島神社が建っている。 本殿の後ろには、石室の一部が残存していて、宮司のTさんがお若いころ目撃しているらしい。 調査はされていない。 この古墳は、大方町の北から舌状に伸びている丘陵の先端部にあり、その背後には、墳丘の一部でも残っている古墳が、可能性も含めて8基ほどが確認されているが、もっとあったらしい。


この神社を背にして南方面を眺めてみれば、右手方向には中野の丘陵が見えて、左手方向には大里の丘陵が見えている。 木々がなければ、各古墳も見えるのかもしれない。
さて、目の前の畑や田んぼが、当時はどのような状況だったのか興味は尽きないです。
 

2026年3月4日水曜日

梵天山古墳からはじまったのか 4


梵天山古墳から北西方向2、7kmほどの所にある香仙寺。 そこには横穴墓を転用している宗教施設の直牒洞があり、その西側には調査されている善光寺横穴群があります。  それだけではなく、寺の東側、北側にも横穴墓群と古墳の可能性があるマウンドがあります。 



そこからさらに北側の青木地区の丘陵斜面には、多数の横穴墓群が展開しています。 斜面の上部付近しか調査していませんので、下部の方の土砂が堆積しているあたりにも多数の横穴墓群があると思われます。 それらを見てみると、この直牒洞があたかも一大墓域の入り口に鎮座する象徴のようにも見えてきます。   
 

2026年3月2日月曜日

梵天山古墳からはじまったのか 3



梵天山古墳から北方向に2kmほどのところ、浅川のほとりにある道場塚古墳。何度も紹介していますが、大きさ不明の(推定80~100m?)前方後円墳で横穴式石室に石棺があった。地主のKさんによると香炉を地元の青年が持ち去った。あとは、古墳碑にあるとおりで、おそらく未盗掘の後期後半の古墳だと思います。当時の浅川の流路の検討も必要だし、東方向の山田川越しに視認できる、大里、薬谷地区との関係性も注目なのかもしれません。




 そして、私もあまり取り上げていませんでしたが、道場塚古墳から南東に480mほどの浅川の対岸、中野の丘陵の北側の裾付近に、諏訪古墳群だという古墳らしきマウンドがあります。  円墳がふたつくっついているようにも見えて、双円墳?なのか、頂部には諏訪神社がのっていますが、埴輪は拾えないし、よく分からない。 

これの調査検討もできればいいのですが。

2026年3月1日日曜日

梵天山古墳からはじまったのか 2



梵天山古墳から西北方向800mほどの距離の、小島町の低位置にある星神社古墳。

この古墳の注目をあびていた埴輪に、発掘調査の後、さらに注目されるモノが加わったように思います。 その他、墳丘は盛り土によって築かれていることが分かっています。 これなども考慮すると、塩谷さんも指摘しているように、梵天山とは異なるフランチャイズに属していたのかもなどと考えてしまいますが?。 さて、そんなこんなを見てくると築造時期は少々下るのかなと考えていますが? いかがでしょうか。

この古墳から西方向500mほどの距離の、中野町の丘陵に(3段目画像)中野冨士山古墳が見えるはずです。 現状木々が茂っているため直接視認できませんが。 立地からすれば一番古そうにも見える古墳なような。

そして、中野冨士山古墳と梵天山古墳には、付近に横穴墓群もあることを忘れてはいけません。 さらに、梵天山古墳のある島の独立丘陵には、前期古墳から、中期古墳、後期古墳、横穴墓群までセットでそろっているわけです。


2026年2月28日土曜日

梵天山古墳からはじまったのか 1





常陸太田市島町の独立丘陵にある梵天山古墳。 全長約160mで箸墓類型ではないのかということで、広瀬先生は前期前半の古墳だよ、と評価されています。 だとすれば、この地の古墳群の中で一番古いという可能性が出てきます。 他には、埴輪などの検討から小島町にある星神社古墳が先に築かれたのではとする意見もあります。 そのあたりも含めて、久慈川の支流の山田川、浅川流域の前期古墳から横穴墓群までのストーリーを、素人の私が妄想し
みたいと思います。 異なる意見がある場合は、こっそりとやさしく教えてくださいね。


そして、忘れてはならない大型円墳で中期とされる高山塚古墳。 全国的に見ても大きさランクの上位に入る円墳が、梵天山古墳の近くに築かれている事実には、大注目する必要があると思います。
従来、円墳は前方後円墳の格下だとする評価にされていますが、富雄丸山古墳の最近の状況を見てみれば、改める必要が有るのか無いのか、どうなんでしょう。 久慈川流域での円墳の在り方も、調査研究が進展していないため、なかなか評価できない状況なのでしょうか。  今後に期待です!
 

2026年2月18日水曜日

紙で読むのがいいな


              2010年5月2日の星神社古墳。

〇「西洋の敗北」日本と世界に何が起きるのか
          エマニュエル・トッド著  大野 舞訳  文芸春秋

〇「暴露 スノーデンが私に託したファイル」
     グレン・グリーンウォルド著 田口 俊樹・濱野 大道・武藤 陽生訳
                          新潮社
〇「天智朝と東アジア」唐の支配から律令国家へ
                         中村 修也著  NHK出版

〇「アメリカニズムの終焉」           佐伯 啓思著    中公文庫

〇「コンビニオーナーぎりぎり日記」     仁科 充乃著   三五館シンシャ

〇「バスドライバーのろのろ日記」      須畑 寅夫著   三五館シンシャ

〇「何が歴史を動かしたのか」 第1巻 自然史と旧石器・縄文考古学
                        春成 秀爾編    雄山閣

〇「古代東国と風土記」 古代東国の考古学 ⑧
                  田中 広明・阿久津 久編   高志書院

〇「カロリー制限の大罪」             山田 悟著   幻冬舎新書

〇「風返稲荷山古墳と上宮王家」 東国の古墳と飛鳥文化
                         かすみがうら市歴史博物館

〇「22世紀の民主主義」選挙はアルゴリズムになり、政治はネコになる
                     成田 悠輔著   SB新書

〇「何が歴史を動かしたのか」 第2巻 弥生文化と世界の考古学
                       春成 秀爾編    雄山閣

〇「何が歴史を動かしたのか」 第3巻 古墳・モニュメントと歴史考古学
                       春成 秀爾編    雄山閣

〇「潮来をなぜイタコと読むのか」難読地名の謎
                       筒井 功著  河出書房新社

〇「東国の群集墳」 
        広瀬 和雄・太田 博之・田中 裕・日高 慎編   雄山閣

〇東洋文庫132「朝鮮幽囚記」ヘンドリック・ハメル著 生田 滋訳 平凡社

〇「地方の豪族と古代の官人」 考古学が解く古代社会の権力構造
                        田中 広明著   柏書房

〇「日中外交秘録」 垂 秀夫駐中国大使の闘い
            垂 秀夫著  城山 英巳聞き手・構成  文藝春秋

〇ものと人間の文化史163「柱」     森 郁夫著   法政大学出版局

〇「歴史戦と外交戦」   山上 信吾・山岡 鉄秀著   (株)ワニブックス

〇「国家衰退を招いた日本外交の闇」     山上 信吾著    徳間書店 

〇「日本考古学の論点」㊤           広瀬 和雄編    雄山閣

〇「日本考古学の論点」㊦           広瀬 和雄編    雄山閣

〇「三角縁神獣鏡と古墳時代の社会」       岩本 崇著   六一書房

〇「佐紀古墳群」 航空レーザ測量調査報告書
                 村瀬 陸・柴原 聡一郎著   六一書房

〇「日本人の知らないベトナムの真実」  川島 博之著   扶桑社新書505

〇「電通マンぼろぼろ日記」      福永 耕太郎著   三五館シンシャ

〇「地球温暖化 CO2犯人説は世紀の大ウソ」
    丸山 茂徳・戎崎 俊一・川島 博之・デビット・アーチボルトほか
                               宝島社

〇「戸籍アパルトヘイト国家・中国の崩壊」    川島 博之著   講談社

〇「住宅営業マンぺこぺこ日記      屋敷 康蔵著   三五館シンシャ

〇「軍と兵士のローマ帝国」          井上 文則著   岩波新書

〇「オスマン帝国全史」 崇高なる国家の物語1299ー1922
                 宮下 遼著   講談社現代新書2770

〇「市長たじたじ日記」         清水 聖士著   三五館シンシャ

〇「土の生命の46億年史」 土と進化の謎に迫る
                      藤井 一至著    講談社

〇「小林古墳群」前期古墳を再利用する後期古墳の研究
                2025.11 藤岡市小林古墳群研究会

〇「風巻神山古墳群」風巻丘陵における古墳の調査
                   2003 福井県清水町教育委員会

〇「勝部明生先生喜寿記念論文集」
            勝部明生先生喜寿記念論文集刊行会  (株)明新社

〇「葛城の前期古墳 鴨都波1号墳」 調査概報
                    御所市教育委員会編   学生社

〇「桜井茶臼山古墳の研究」 再発掘と出土遺物再整理
       奈良県立橿原考古学研究所  一般財団法人橿原考古文化財団