周辺の田んぼの田植えは、ほとんど終わっていました。 この季節の植物群は、生き生きと成長が早く、さらにだんだんと緑が濃くなって生気が充実していく様を見るのは、年寄りにはうれしい限りです。
青葉考古学倶楽部
茨城県在住の元サラリーマンです。
2026年5月20日水曜日
まだだった星神社古墳
星神社古墳の鳥居側にある、田んぼの田植えは終わっているものと思って来てみれば、まだでした。 水も入っていませんが、田んぼには白い小さな粒々がまかれています。 肥料なのでしょうか。
2026年5月18日月曜日
笠間市 於伊都岐神社
吉備津神社から西方へ1kmほど行った、笠間市にある「於伊都岐神社(おいつきじんじゃ)」。
由緒碑などもなく、創建や祭神についての手掛かりがないので「新全国神社検索」のサイトと、「AI」に聞いてみました。
〇嘉永元年(1848)五月に全焼その際、旧棟札等焼失した。とあり創建は不明。
〇広島の厳島神社の古名が「伊都岐島神社」とあり、「伊都岐」と「於伊都岐」とが同系名で観念も継承しているのでは。
〇祭神は「市杵島姫命」・「稲倉魂命」・「誉田別命」となっている。
さて、この神社と吉備津神社と、どのような謂れがあるのでしょうか。
2026年5月17日日曜日
茨城町 吉備津神社
宝塚古墳から県道16号線を西方へ1.2kmほどの所にある、南栗崎公民館の脇を北西側に入って少し行ったところに鎮座する「吉備津神社」。
グーグルマップでこの神社を見つけたときは、なぜここにと思いました。たしか、主に岡山と広島にしかこの神社は存在しないはずだと。
境内にある「吉備津神社御造営之碑」を拝見すると、祭神は吉備津彦命。 日本武尊に従行し、日高見国とあり。関東唯一の名社なり。と自賛されていますが、いや、関東ではなく東日本唯一と言ってもいいのではないでしょうか。 創建は不詳のようで、吉備津彦は四道将軍として山陽道方面に派遣されていて、日本武尊とは時代が違うし、関東には関係ないように思いますが、なぜここにこの神社があるのか?
2026年5月16日土曜日
茨城町 宝塚古墳そのほか
茨城町野曽にある前方後方墳の「宝塚古墳」。本当に久しぶりです。 藪化していないんですね!有難い。この古墳については、ここから北東方向にある南小割遺跡とともにセットとして注目しています。 平成6年から平成7年にかけて茨城県教育財団の発掘調査が行われ、古墳時代前期とされる住居跡100軒以上が調査されています。当然、この古墳との関係性が推察されると思います。そして、出土している特徴ある波状口縁の壺類が、千葉県南部の木更津市周辺や栃木県の小山市周辺などとの関係性があるのではないのかなと指摘されています。
さて、今回はもうひとつ注目していることがあります。
国道6号線から県道16号線を西方面に向かって進んでいくと、県道沿いに八社ほどの神社がならんでいることに気が付きました。 これらの神社が、宝塚古墳との関係性があるとは思っていませんが、その中でも私が注目した二社を紹介したいと思います。 以下次回。
2026年5月13日水曜日
2026年5月11日月曜日
日立市 水木古墳群など
2026年5月8日金曜日
東京都大田区 穴守稲荷神社
羽田空港近くのホテルに前泊してその近くにあった、東京都大田区羽田にある「穴守稲荷神社」。 祭神は「豊受姫命」。
神社の周囲は、ホテルや住宅街に囲まれていて、夕方だったので、灯りの中に浮かび上がる社殿その他は、なかなか個性的な神社なのではないでしょうか。
当然ですが、羽田空港との歴史的つながりもあるようです。
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