「出雲大社」です。
青葉考古学倶楽部
茨城県在住の元サラリーマンです。
2026年10月10日土曜日
厳島神社の近くにある豊国神社
厳島神社の大鳥居手前の小道を少し入って、石段を上がったところにある「豊国神社」。 別名、千畳閣。
これについて私には知識がないので、入場券に記載されている内容を書いてみます。
豊国神社(千畳閣)について
この建物は、豊臣秀吉公が戦没将士を慰霊する為、天正15年(1587)
安国寺恵瓊に命じて建立した大経堂です。
その広さから俗に千畳閣と呼ばれて親しまれています。
明治元年(1868)に閣内の仏像を大願寺に移し、明治5年(1872)
秀吉公を祀り。豊国神社となりました。
重要文化財に指定されています。
建設途中で秀吉が亡くなったので、未完の状態だということのようです。厳島神社を見下ろす立地に建てたということは、私は秀吉の野心を感じますが、どうでしょうか。
2026年10月9日金曜日
2026年10月8日木曜日
萩城と
ホテルの近くに萩城跡があるということなので、予備知識無しで訪れてみました。
そして、ホテルの美味しい夕食に添えられてきた箸袋に、意味深いと思った歌詞が印刷されていたので、書き出してみます。
男なら
男なら お槍かついで お仲間となって
ついて行きたや 下関 お国の大事と聞くからには
女ながらも 武士の妻 まさかの時には しめだすき
神功皇后さんの 鏡じゃ ないかいな
オオ シャリ シャリ
女なら
女なら 京の祇園か 長門の萩か
目もと千両の鈴をはる と言うて 天下に 事あらば
島田くづして 若衆まげ 紋付袴に身をやつし
神功皇后さんの 鉢巻姿が 鏡じゃないかいな
オオ シャリ シャリ
ホテルのフロントの方にこれの内容について質問すると、幕末の動乱期に、男衆は外国船などとの対峙に右往左往しており、台場整備などの土木工事に、姫様以下女衆が従事していた時の、いわば労働歌だつたそうです。
これについて私は「気概」や「秩序」と言った言葉が浮かんできますが、今は時代が違うとはいえ、メディアに登場する政財界人や報道関係者や評論家と称する、オッサンやオバサンに、どこの国の人間なんだと言いたくなるようなのが、多数いるのにはあきれています!
2026年10月7日水曜日
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