茨城県在住の元サラリーマンです。
この神社の境内に3基の古墳があるとなっていて、それぞれ、本郷1号墳、2号墳、3号墳となっているようですが、現状はだいぶ変形しているようです。
ここの古墳群と周辺の古墳群と国分寺跡も含めて、丘陵の先端部に位置している状況には、なにか特別感でもあったのでしょうか。 まあ、市原台そのものが特別なんでしょうけど。
私自身、漠然と考えていることはあるけど、こんなに詳細な編年を発表するなどとは、恐ろしくてできない。 彼の心意気に拍手を送りたい。
今後、常陸太田市から発表される予定の、久慈古墳群の調査報告書の内容と比べてみたいと思う。