2025年3月23日日曜日

常陸太田市 現説の後 お疲れさまでした



3月11日に埋め戻しが完了して、その日の夜中から翌日の日中までかなりの降雨があり、そのおかげで、埋め戻した土と墳丘の土壌とが馴染んできているような「梵天山古墳」です。

今回の調査では、白色粘土の層や一部に葺石が葺かれていたことや、謎の溝が有ったり、壺型埴輪が多数並べられていたのでは、などの、盛り沢山な成果があったと思っています。






 「星神社古墳」も同様に馴染んできているようです。

今回、この古墳の墳丘への調査はできませんでしたが、それでも、出土した埴輪から見てみると、従来のこれへ評価の修正が必要になるのかもしれません。 そして、墳丘の盛土の状況も推測できそうです。

久慈川とその支流の山田川・浅川にはさまれて、それらの上流域に位置する大方地区にある(あった)その後の古墳群へとつながっていくように見える、その前進基地ともいうべき立地にある常陸太田市の古墳の調査は、中野冨士山古墳の発掘調査から始まり、高山塚古墳、 梵天山古墳、星神社古墳へと、注目されている古墳群の発掘調査が行われてきました。 星神社古墳については、墳丘への発掘調査は、将来においては可能性があるとのことで、できれば私の体が動くうちにお願いしたいと思っています。

私は、これまで趣味の領域で、素人ながら考古学もどきを行ってきました。 その私が、久慈川流域に展開する重要な古墳群への調査に参加させていただいたことに、感謝申し上げます。

常陸太田市教育委員会、担当者のY氏、共に発掘調査に参加した女子2名、8名のジイサン、いや、おっさん達、ゲスト参加の茨大生女子1名の、私を含め12人はチームでした。 改めてありがとうございました。 そして、お疲れさまでした❣



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