この古墳の注目をあびていた埴輪に、発掘調査の後、さらに注目されるモノが加わったように思います。 その他、墳丘は盛り土によって築かれていることが分かっています。 これなども考慮すると、塩谷さんも指摘しているように、梵天山とは異なるフランチャイズに属していたのかもなどと考えてしまいますが?。 さて、そんなこんなを見てくると築造時期は少々下るのかなと考えていますが? いかがでしょうか。
この古墳から西方向500mほどの距離の、中野町の丘陵に(3段目画像)中野冨士山古墳が見えるはずです。 現状木々が茂っているため直接視認できませんが。 立地からすれば一番古そうにも見える古墳なような。
そして、中野冨士山古墳と梵天山古墳には、付近に横穴墓群もあることを忘れてはいけません。 さらに、梵天山古墳のある島の独立丘陵には、前期古墳から、中期古墳、後期古墳、横穴墓群までセットでそろっているわけです。