2023年4月14日金曜日

4月14日の星神社古墳




 常陸太田市小島町にある、4月14日 14時14分の「星神社古墳」。

ぞろ目の数字には何の意味もありません。 水戸からこちらに来たので、たまたまそうなっただけです。 後円部の神社地点がきれいに掃き清められていて、鴨志田家の意識の高さが見えてきます。 私の心の古墳でもあるので、うれしいです。

2023年4月6日木曜日

茨城県行方市大日塚古墳の研究


 先日、見慣れないメールが入ってると思ったら、明治大学考古学研究室から、以前「佐自塚古墳の研究」を購入した人達全員に発信されたメールのようでした。

今回は「茨城県行方市大日塚古墳の研究」の購入案内のメールで、送料込みで¥2700です。   もちろん購入しました。

古墳に興味のある茨城県人は、ぜひ購入してほしいな‼

2023年4月4日火曜日

古い地図と凸凹図から見てみる



 上段画像は国土地理院の傾斜量図を、下段画像はスタフォード大学が公開している、明治38年測図地図を借用しています。

共に、赤矢印は「桜山古墳」地点を、青矢印は「舟戸山古墳」地点をそれぞれ示しています。

明治38年測図地図(以下地図)には、90度近く蛇行した久慈川河口部が表示されています。 これは、約50年前に直線的な流れになるよう、河口部の付替え工事が行われて現在に至っています。 上段画像の傾斜量図(以下量図)には、久慈川ではなく支流の茂宮川が表示されています。 

さて本題ですが、地図上の桜山古墳は小さな丸で表示されています。当時も認識されていたんでしょうね。 舟戸山古墳は37.4mの三角点で表示されています。 この2基の古墳の間に展開している低地が現在の久慈町3丁目で、海抜が2mほどのため、この付近の住宅地は過去に何度も冠水被害にあっています。  そして、桜山古墳は、東からのびてくる丘陵の西端に築かれていて、舟戸山古墳は、丘陵北東端に築かれています。 この古墳それぞれが、久慈町3丁目を見下ろすように築かれているように見えます。 以上の状況を考え合わせると、この久慈町3丁目付近は湾のような地形で、古墳時代の港としての機能を持っていたのではないのかなと推測したいです。

なんか、ここまで書いてきて「そんなの知っとるわい!」と言われそうですね。メンゴ。


2023年3月29日水曜日

おはなみ






 常陸太田市新宿町にある西山公園へ花見に行ってきました。 昨年より人出が少なく、駐車スペースがガラ空きでした。

桜の花は散りはじめていましたが、まだまだ美しく、ゆっくりと鑑賞することが出来ました。

2023年3月26日日曜日

日立市 桜山古墳へ





日立市久慈町にある「桜山古墳」。 千福寺の墓地の片隅に位置しています。 地元の方の話では、元は一回り大きかったそうですから、径50mほどの円墳の可能性がありそうです。そして、墳丘には八坂神社が鎮座しています。

この高台から南西方向へ約700m先に、舟戸山古墳がのる丘陵が見渡せます。 アンテナの手前に舟戸山古墳があります。

 

2023年3月24日金曜日

変身していた舟戸山古墳







 WBCを堪能して、真剣勝負のすごさを改めて感じさせられました。 10数年前に「2位じゃダメなんですか?」と発言したオバちゃん!、「ものづくり太郎」も言ってます。 何事も一番じゃなければダメなんです。

さて、しばらくぶりに日立市久慈町にある「舟戸山古墳」を訪ねてみたら、樹木が伐採されていてビックリ。 変身していました。 経緯は看板に表示されていますが、これは測量調査をするチャンスですね。 それをT先生に要望したK氏も、おそらく手伝ってくれるんでしょうから?

この古墳の埴輪は、画像5段目のお堂の下に埋納されていると伝えられています。

2023年3月12日日曜日

第15回ひたちなか市の考古学 弥生時代の玉 4



 昨日は、ひたちなか市の考古学講座の4回目でした。

   「縄文のち弥生、ときどきサメ歯」    鈴木 素行さん

遺跡から出土するサメ歯に着目されて研究中の、途中経過の発表だそうです。
おおむね、常陸大宮市教育委員会が2022年に発行した、文化財調査報告書第37集「宿尻遺跡 ー久慈川・那珂川流域の再葬墓ー」の中の「宿尻遺跡第1号土坑のサメ歯について」と同様な内容の講座でした。

しかし、まるで落語のマクラのような、本当は恐竜の化石が好きなんだという話から始まり、その後縄文時代の話がほぼ80%、残り20%の詰めで、全国各地の、弥生時代遺跡出土のサメ歯の実見から導きだされた話のオチは、定説を覆すものでした。
いや~、ソコウ師匠 健在!