前期古墳として県北常陸大宮地区には、前方後方墳の
富士山4号墳が有りました。
五社皇神社裏古墳などと古墳群を形成していましたが
住宅建設にともなって消滅してしまいました。
同様な境遇の古墳が、水戸市飯富町に有った前方後方墳
の安戸星古墳です。やはり古墳群を形成していたらしいですが
採土工事のため消滅してしまいました。
どちらも発掘調査されています。
茨城の前方後方墳の特徴としては、墳丘長は60m級まで
副葬品等は質素、埴輪はないなどです。
前方後方墳は前方後円墳に先行して築かれたと云う見方が
されてきましたが、星神社古墳の存在がそれを否定する方向
に行くのかもしれません。
その他の前方後方墳としては、茨城町野曽にある宝塚古墳
です。地図にも載っていて探しやすく、整備されていて観察
しやすい古墳です。
東海村には、真崎コミュニティーセンターそばに真崎古墳群
中に真崎5号墳が有ります。茨城大学が発掘調査しています。
他に円墳、方墳等と中期築造と思われる真崎権現山古墳が
有ります。近くに有る須和間遺跡も含め各時代の変遷を考え
ると、東海村は原子力だけではありませんね。
それから、鉾田市に大峰山1号墳が有ります。
旧大洋村時代に発掘調査されています。
前方後円墳の大峰山5号墳、他に円墳などで古墳群を
形成しています。
北浦を見下ろす高台に有り、前方後方墳から前方後円墳、
円墳へとの変遷はヤマトとの関係も考え妄想すると、小説
を読むより面白いと思っているのですが?
なお、常陸太田市久米に有る、前方後方墳の常光院古墳
は古墳には見えないとの指摘をいただきました。
私が観察した限りにおいては頂部の墓域周辺以外は
笹が密生しており、どちらが前方部か後方部か判断
しにくい状況です。古墳か否かの判断は私の立場に
有りませんので、興味のある方はご自分で観察して
下さい。常光院の裏に有るお墓の間を抜けて坂を上がった
所にあります。
つづく
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