2024年6月12日水曜日
高山塚古墳のつぎは 2
日立市久慈町にある「舟戸山古墳」。 2月と4月に茨城大学で測量調査をしていただいて、私的には感謝雨あられです。 地主の方の管理が厳重になっていて、埋蔵文化財への理解も前向きな感じがします。 さて、この古墳の築造時期ですが、日立市のK氏は5世紀ごろではと言う見解ですが,私は正直良く分かりません。
2024年6月11日火曜日
高山塚古墳のつぎは 1
日立市石名坂町にある「西の妻1号墳」。 全長約50mの前方後円墳。 典型的な後期古墳の形をしています。 2月から3月にかけて茨城大学が掘ったトレンチ付近は、緑が元気に育っていました。
久慈川左岸にある主要な前期と中期前葉の古墳は、常陸太田市の島町・小島町にあり、中期中葉から後期中葉あたりの古墳が不明で、後期後半の古墳は松栄町にある道場塚古墳だろうと、以前、当ブログで妄想しました。
久慈川左岸にある主要な前期と中期前葉の古墳は、常陸太田市の島町・小島町にあり、中期中葉から後期中葉あたりの古墳が不明で、後期後半の古墳は松栄町にある道場塚古墳だろうと、以前、当ブログで妄想しました。
今回、巨大円墳で中期前葉の古墳であろうとされる「高山塚古墳」の次に位置する古墳は、常陸太田市には見当たらないので、日立市にある古墳から「次」の古墳を素人の私が妄想し選び出したいと思います。 悪しからず。
まず、今回取り上げたのが「西の妻1号墳」ですが、久慈川を見下ろす高台にあり、豊富な埴輪が伴うことが分かっています。 主体部の構造は不明ですが、横か立かで築造時期が違ってきます。 私は道場塚古墳の前に造られたと思っていますが、さて、どうでしょう?
2024年6月9日日曜日
城里町 石船神社
城里町岩船にある式内社「石船神社」。 駐車場に車を止めて鳥居をくぐると、石の上にある灯篭が出迎えてくれます。 そして、参道脇には「矢の根石」と言う石が、いや、岩があります。
拝殿のまえには岩船川の流れと石橋があり、正面に立つと、鏡に映る「カミ」と対面できます。
祭神は「鳥石楠船命」 別名(天鳥船神))創建は不詳。 神社名は「いしふねじんじゃ」通称「いわふねじんじゃ」だそうで、「いわふね」が正解なんだろうと思いますが。
この神社に本殿は無く、ご神体の「兜石」と言う岩が祀られていますが、雑草がすごいです。
拝殿脇にも「石船」と言う岩が祀られていて、まさしく「天鳥船」が存在しています。
この神社、華美にならない程度に整備をして、SNSなどで発信をしていけば、日立市の御岩神社や大甕神社のように、石、岩が御神体のパワースポットとして、注目される神社になると思うんですが。
余談ですが、作曲家の片岡寛晶さんの作品に「鳥石楠船神」と言う吹奏楽曲があります。
2024年6月7日金曜日
城里町 阿波山上神社
城里町阿波山にある式内社の「阿波山上神社」。 祭神は少彦名命で創建は大宝元年(701)となっています。 この神社の呼び名は、あわさんじょうじんじゃ・あわやまのうえじんじゃ・あわやまのえじんじゃ、など複数あるようです。
参道脇には、親鸞にまつわる大山草庵跡と石碑や延命地蔵尊が鎮座しています。
参道脇には、親鸞にまつわる大山草庵跡と石碑や延命地蔵尊が鎮座しています。
2024年6月5日水曜日
ひと安心の星神社古墳
25日ぶりに訪れてみれば、田植えが終わっていました「星神社古墳」。
大型の機械が入ったような跡が残っていますが、ひと安心です。
これで、ご先祖の皆様も安堵していることと思います。
中野の丘陵の緑も色濃くなってきて、安らぐ風景です。
2024年5月30日木曜日
登録:
投稿 (Atom)