2026年7月13日月曜日

木更津市郷土博物館 金のすず 2

金鈴塚古墳の出土資料には前期古墳オタクの私にとっては、あまり注目していなかったのですが、こちらに来て目の当たりにしてみると、圧倒されました。この古墳は追葬が多かったためということもあるのでしょけど、水木の古墳とは遺物の多さと残り具合も含めて、ちょっとレベルが違うように思いますけど、どうなんでしょうね。まあ、一見の価値ありです。












この金鈴塚古墳の内容については、たくさんの報告書と書籍が出ていますのでそちらをご覧いただきたいと思います。 この博物館では、究極の報告書になるのか「金鈴塚古墳出土品再整理報告書」3冊組が¥10,000で頒布されています。  私には、買えなかった!
 

2026年7月12日日曜日

木更津市郷土博物館 金のすず 1

木更津駅です。








今回、内房にやってきたもう一つの目的は、木更津市郷土博物館「金のすず」に展示しているはずの、高部30号墳と32号墳の出土資料を見ることです。
 

市原市にある神門5号墳と、木更津市千束台にあった高部30号墳と32号墳とは、直線距離で約22km離れて位置します。こちらには鏡が有る、ただし玉類がない。前方後方墳である、などの特徴がありますが、神門古墳群とは仲間だったのか、ライバルだったのでしょうか。

グーグルマップで千束台の状況を見てみると、住宅分譲地として開発したのでしょうけど、ずいぶんと空き地があるように見えます。これなら、出現期の古墳とされる30号墳と32号墳とを保存してくれてもよかったのに!

2026年7月11日土曜日

小湊鉄道 上総村上駅






戸隠神社から五井駅まで歩いていくのですが、少し疲れてもいたので、600mほど先に小湊鉄道の上総村上駅があるので、五井駅まで乗っていこうと思い歩き出した。 駅は無人駅で、時刻表を見ると10分ほど待つと気動車が来るようなので待っていると、5分過ぎてもやってこない。 スマホを取り出して調べてみると、台風の影響で一部運行停止しており、代行バスを運行していると。 どこにバス停があるのかわからないので五井に向かって歩き出した。


少し歩くと道端に三角コーンが置いてあり、これがバス停でした。 20分ほど待つようですが、切符代140円を無駄にしたくないので、しばし待って五井駅に到着。 たぶん再びこの地には来ないと思うので、駅舎をパチリ。

帰ってきてから、この上総村上駅につい調べてみると、開業が1927年(昭和2年)で、登録有形文化財に登録されているそうです。  これも文化財です。


 

2026年7月10日金曜日

市原市 戸隠神社







国分寺跡の前にある脇道を下っていくと「戸隠神社」があります。

この神社の境内に3基の古墳があるとなっていて、それぞれ、本郷1号墳、2号墳、3号墳となっているようですが、現状はだいぶ変形しているようです。

ここの古墳群と周辺の古墳群と国分寺跡も含めて、丘陵の先端部に位置している状況には、なにか特別感でもあったのでしょうか。 まあ、市原台そのものが特別なんでしょうけど。
 

2026年7月9日木曜日

市原市 神門5号墳





上総国分寺跡のすぐ近くにある「神門5号墳」。この古墳群出土資料を生で見たいと思ってこの地に来たんですけど、歴史博物館の方にどこに展示されていますかと尋ねると、展示されていませんとの発言。代わりに「発掘いちはらの遺跡4号」という冊子の中に写真が載っていますから代わりにご覧下さいと示されたんですが、ガッカリしつつも購入してきました。

隣には「南田瓦窯跡」の掲示がありました。
 

16年ほど前、市原市在住の田中新史さんから「上総市原台の光芒ー市原古墳群調査と上総国分寺台遺跡調査団」と題する報告書を頂いたことがありました。 報告書と言うよりは、昭和の激動期の奮闘記とも言えるのかもしれません。                    これらの調査で、東日本の古墳時代の黎明期が示されことは、非常に重要なことだと思っています。
今、この地を眺めてみると、弥生時代や古墳時代の多くの痕跡が、コンクリートで上書きされてしまっていて、私のような素人には残念ながら往時を思い描く能力はありません。

2026年7月8日水曜日

市原市 上総国分寺跡









市原市市民会館の西側にある「上総国分寺跡」。

市原歴史館からとぼとぼとここまで歩いてきました。 熱中症にならないように水分を取りながら、早めにコンビニでサンドイッチを食して、国分寺跡を見学しました。
このあと、二か所見学してから五井駅で電車に乗り木更津へ、そこからまた青堀まで行く予定なので、早々に見学を終わりにしていまいました。  相変わらずせっかちです!