2021年6月26日土曜日

意識していなかった定点観察




 緑が伸びて、色濃くなって、毎年のことですが、でも毎年同じでは無いと思います。 My kofunを日々観察して、それを積み重ねていくとストーカー、いや、定点観察と言っていいんでしょうね。

常陸大宮へ下見



 19日の研究発表会で、「常陸大宮市糖塚古墳の墳形確認調査」が発表され、糖塚古墳が前方後円墳であることが確定しました。 他に2基ある円墳の位置についても発表がありましたので見に行ってきました。が、思いのほか草が伸びていて下見に変更。 糖塚古墳周辺には車が2台止まっていましたが何だったのでしょうか。 この地の畑の土は黒々フカフカの土です。 黒ボク土は縄文時代の野焼きが影響しているとの説がありますが、それだけではないでしょうね。 中世から近世の土作りも影響しているのではないのでしょうか。

2021年6月19日土曜日

雨の歴史館



 某C国発祥のコロナウィルスのおかげで世界中が大変な思いをしている中、2年ぶりに考古学協会の総会及び研究発表会が執り行われました。 と言っても、この時間まだ閉会していないかもしれません。 私は高齢者なので、自己防衛のため午前の部で失礼いたしました。 役員のH氏には貴重な古墳の情報を頂きました。 今後も調査が進展していくそうで、久慈川両岸の研究はますます面白くなっていくようです。 ありがとうございました。

2021年6月17日木曜日

常陸太田市稲木町 高房神社






 常陸太田市稲木町にある「高房神社」。 旧佐竹高校を見下ろす高台にある立地に注目して、訪れてみました。 樹木が無ければ眺めは良好な立地です。周辺は住居跡があるようですが、佐竹高校は今年3月末で他校と統合され、名前が消滅してしまったそうです。

2021年6月16日水曜日

常陸太田市 高貫町散歩 5








 常陸太田市高貫町にある「春日神社」。 本殿が二社に分かれているんですね。 高貫町の中核となる神社だと思います。 今回短時間で高貫町のお宝を巡ってみましたが、他にもまだありますので、後日拝見してみたいと思います。

常陸太田市 高貫町散歩 4



常陸太田市高貫町にある「庚申塔と子安観音」。 高貫町の丘陵の南側の先端部付近には横穴墓や古墳があり、その全体には各時代の住居跡があるとなっています。歩いてみれば、日当たり良し、水害の心配なし等、遺跡がある要素が満載です。 ですが、今はこの地の人口は激減しているようです。

 

常陸太田市 高貫町散歩 3 




 常陸太田市高貫町にある「山の神と雷神様」。 所謂、西洋から見れば、これだけ神様もしくは敬う対象があるのは、不思議な光景なんでしょうね。

2021年6月14日月曜日

常陸太田市 高貫町散歩 2





 「おふじごんげんさま」。柵で囲われていると思ったら、猪よけです。

中へは入らず、失礼しました。 乗馬クラブもあるんですね。

2021年6月13日日曜日

6月12日の星神社古墳



 周辺も含めて、成長と共に緑色が変化していく過程を目視できるのは、癒しです。

昨日は、珍しく女性の見学者がいました。

2021年6月12日土曜日

常陸太田市 高貫町散歩 1







 長幡部神社やはたそめ団地がある幡町の台地の東側にある高貫町。 舌状にのびる丘陵と言ってもいいのかもしれないですが、なんでもカンブリア紀の地層の上にあるのだそうです。 以前にも横穴墓や古墳を見に来ていました。 久しぶりに訪れてみると「高貫町お宝さがし実行委員会」なる案内板があり、それを参考に歩いてみました。

まずは「素鵞神社」。農作業されていた御夫婦に挨拶をして、見学させていただきました。かわいい子猫もアジサイもおまけで拝見出来ました。

2021年6月11日金曜日

日立市久慈町 舟戸山古墳へ






 石碑を見た後「舟戸山古墳」へ、しばらくぶりです。 発見が二つありました。古墳への侵入禁止。 この地にあるお墓は全部舟戸山共同墓地だと思っていたら、違ったんですね。


2021年6月9日水曜日

踏切そばの石碑


 日立市久慈町、茅根病院そばの踏切近くにある石碑の存在は知っていました。改めて見ていると、丁度、特急ひたちが通過していきました。 なんか撮り鉄みたい。

この聖徳太子碑と馬頭観世音碑について調べてみると、ホームページ「日立市の歴史点描」のなかの「久慈町割山の聖徳太子碑」に詳しく載っていました。 ここが道路の分岐点として機能していたんですね。 石碑から左側を進んで行くと、舟戸山古墳にたどり着きます。

日立市 泉神社










日立市水木町にある「泉神社」。 有名な神社ですが、私は参拝したことがありませんでした。 しみじみと、参拝、拝見させていただきました。