2012年3月25日日曜日

きょうの藪


今日の一番深い藪、雨にぬれた笹でした。また、お目にかかりました。

常陸太田市 竹合



以前古墳らしきところを見たその奥の丘陵に登ってみました。ここは寺山遺跡になるようです。二基の洞窟があり、一基には不動明王像らしきものがありました。

常陸太田市 松栄町

今朝は寒いうえに雨まで降ってきて家を出るのがちょっと遅れました。松栄町から新地町へかけて久慈川と平行に走る道路から住宅団地を抜けて香仙寺へ向かう道の登ったところに門柱があり、その近くにマウンドがありました。この門柱のことについて地元の方にお聞きしましたが、不明のようです。

2012年3月18日日曜日

かすむ古墳



先週の続きの前に寄ってうろうろしていたら、地元の方に何をしているのですかと問われた後、それは届けなくてはいけないのではとのご注意を受けてしまいました。お説ごもっともです。社殿取り壊しから再建までの顚末の憤懣の一部が及んできたように見受けました。それを完璧に遵守したらどうなるのなどと問うてもしようがありません。私(モドキ)の鍍金がはがれたようです。そのうえタイヤがパンクして、ここで今日の一日は終わりました。今朝はすごい霧で少しかすむ星神社です。次回は気を取り直してと思うのでした。

2012年3月11日日曜日

脱帽



毎週のようにこの地に通うのは偏屈なのか、物好きなのか。東山古墳後円部頂にある祠のうち1基が先日の震度5弱の影響で倒れており、倒れなかった祠の年号が見えました。天明四年。しらべてみると、天明三年に浅間山噴火、その影響による飢饉、志賀島金印発見などの事象があったんですね。藪を潜り抜けて行くとどこにでもこの杭があります。これを設置した彼らに遺跡の状況を聞いた方が手っ取り早いかもしれません。これは考古学研究者も脱帽だとおもいますよ。

常陸太田市 青木


浅川沿いの旧道付近は震災の影響をうけ復旧工事が行われています。ご苦労さまです。
先週の鬼越からの続きで青木にある丘陵に登ってみると、円墳らしきものが2基ありました。
双方の距離は離れていますが1基は丘陵先端部に、もう1基には大きな穴がありました。

常陸太田市 ふたたび中野



中野町と小島町との境にある交差点付近にこんもりとした茂みがあり、覗くと円墳に見えました。(中段の画像)近くにもう一つあり(上段の画像)、こちらはなんとも言えません。その後、ふたたび中野の丘陵へ。東山古墳があるところから郡戸小学校方面へ行くと、谷状に切れ込んで東西方向に小道が通り現代の墓域があります。前回はここまでだったので、今日は郡戸小学校付近まで藪の中を前進。藪の状況は下段の画像の状態です。藪の隙間から校舎の赤い屋根が見えたので北側の端までたどり着いたのだと思います。古墳状の高まりは視界の範囲内にはありませんでした。

この日

去年の今頃も咲いていたサンシュユの花。また、この日がきました。今朝は寒い。

2012年3月4日日曜日

常陸太田市 鬼越


遺跡地図では、松栄字鬼越「鬼越古墳群」S64年に自然消滅となっています。上段画像の丘陵に登ってみると円墳らしきものがありました。東山古墳群と同じく久慈川支流の浅川を意識した立地に見えます。

常陸太田市 中野




遺跡地図には中野字東山、円墳をおもにする「東山古墳群」となっています。近くにあったバス停には「山越」と表示されていました。下段の画像の地点から丘陵に登ってみるとそのまま古墳にたどりつきましたが、周囲を観察すると私には前方後円墳に見えてきました。全長は私の歩測で40mほど、主軸は後円部東南向。上段の画像は54.3mの三角点がある後円部からみた前方部、2段目は前方部側面から見た後円部。後円部前方部共に盗掘痕らしきものあり。他に東へ50mほどの所にマウンドあり。