日立市の図書館は私の書庫でもあるのですが、そこに「磯原町大塚西明寺物語」-山口炭礦炭住街のあたりー 平成四年 千田 正哲編著の著作があった。おもに北茨城市にあった炭礦の歴史著述だが、新編常陸国誌、多賀郡史、松岡地理史なども参考に民俗学的な記述もある。その中に、「茨城の伝説」を参考にした 佐波波地祇神社(大津町)に関するの記述があった。「神武天皇のころ、大津町の先祖は関本に住んでいたが、大津の山岳には先住民の土久母がいて、地域の人々を苦しめていた。これを聞いた天皇は天日方奇日方命を遣わして、土久母を平定させた。その時村の人々は、命と五人の武将を関本の唐蒔山の中腹の畝踏峠に祀って佐波権現を創建した。そのうち陸地が広がり、漁業ができなくなると人々は大津に移り、唐蒔山に神社を祀ったという。これが今の佐波波地祇神社である。この神社では毎年五月十日に祭礼が行われる。この「お舟まつり」は、洗い清めた漁船に、神主、お囃し、歌子衆を乗せ、四百人以上の若衆が、揃いの浴衣を着、片腕ぬぎ、大津入江から西町まで三日をかけて曳き大漁を祈るのだという。」 他にも北茨城地域の方言なども記述されていて、私にとっては懐かしくもたのしい著作なのだった。
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