2022年1月23日日曜日

常陸太田市 道場塚古墳について






 常陸太田市松栄町の浅川のほとりにある「道場塚古墳」。 墳丘の一部が残存する古墳ですが、しばらくぶりに見に行くと、木々や竹が伸びて、墳丘や石室の石材が見にくくなっていました。(上段画像と2段目画像) 2012年当時、85歳は超えているだろうと思われた道場塚古墳の地主であるKさんに、古墳についてのことがらをお聞きしたことがありました。

それは、子供のころ浅川が氾濫した時、青年団がやってきて古墳の土と石棺を堤防が決壊した地点に投げ入れた。その時古墳から出土した香炉?を誰かが持ち去った。そして、刀や鏃も出た と言うものでした。

その他、この古墳にまつわるものとして、浅川副堰揚水機場に古墳碑(4段目画像)があります。 それによると、大正11年3月、水田への用水堰工事のため、有償で古墳の土を利用したとあります。 これらを纏めると、数度の土取りのため変形した未盗掘の可能性が高い古墳で、石室と石棺があり埴輪もある後期古墳となるのでしょう。

そして本題です。下段画像は国土地理院の陰影起伏図を借用してます。 赤丸が道場塚古墳地点です。 前方後円墳の形が残っているように見えます。 3段目画像は後円部方面から見た前方部だったかもしれない地点の画像です。

この陰影起伏図が、道場塚古墳の元の形を反映していると仮定した場合、古墳の主軸はだいたい東西指向で。 国土地理院のツール、計測機能を使って古墳の全長を計ってみると、約90mとなりました。

これはあくまで仮定ですが、以上のデータを採用してこの古墳を考察してみると、全長約90mの前方後円墳は後期古墳としては常陸国最上位クラスで、浅川のほとりに単独で築かれている。 同じ後期古墳で、ここから北方向2、8kmほどの大方台地先端部に築かれている大型円墳の、大方鹿島神社古墳との前後関係が注目されます。

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