2019年4月7日日曜日
北茨城市 台畑古墳群調査 4
仮称1号墳の西側にある仮称3号墳。径約30m。大規模な盗掘穴があるが、墳丘のオリジナリティーはこの古墳が一番残っているように思う。埴輪は不明。墳丘頂部に石材があった。北茨城市の古墳を概観すれば、築造立地がおおよそ2タイプに選別でき、それが築造年代と当時の職域とにリンクしていく可能性があるのかなと思ったりしている。 さてどうなるのか?
北茨城市 台畑古墳群調査 2
北茨城市磯原町大塚にある長福寺境内及びその付近にある「台畑古墳群」。この古墳群は、海岸線に沿った砂丘上に築かれた「矢指塚古墳群」や「天王塚古墳群」、「南塚古墳群」などと異なり、現在の大北川河口部から約3,5km内陸に入った標高20mほどの舌状台地に築かれており、前期古墳は河口部ではなく、内陸に築かれるとの見解に合致する可能性があるのかな?
それはともかく、この八幡神社地点の古墳を仮称1号墳とする。略測で約30mの円墳。摩滅した土器片を採集したが、埴輪ではなく弥生っぽい感じ。
2019年4月6日土曜日
北茨城市 台畑古墳群調査 1
北茨城市の古墳については、「北茨城市内の古墳と横穴」(北茨城史壇 4 昭和59年3月 瓦吹堅)が詳しい。この台畑古墳群、墳丘が現存するのは5基ほどであるが、地元の話から推察すると10基ほどが存在したらしいとある。 現状は3基が確認できるが、このポカポカ陽気では藪の中に入る気にもならず残りの2基は不明。
2019年4月1日月曜日
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