2011年8月28日日曜日

あーあーっ。



水戸へ行く前に気になっていたので寄ってみれば、最悪の状態に。地主、氏子の方達は文化財の意味は理解されていると思いますが、とりわけ特殊器台をもつこの古墳の関東における希少な位置付けは理解されていないようで残念です。せめてもの救いは表土が周囲に盛り上げられていることだけ。

2011年8月22日月曜日

古墳の状況は?

鹿嶋市に行くついでにと思い寄ってみました。鉾田市にある「大峰山古墳群」。墳丘までの道のりは手入れされいないため夏草が元気よくて見学は断念しました。この崖の上にあり、宮中野古墳群との距離は約15~16kmはなれています。大古墳群と小古墳群同じ北浦沿岸にあります。

古墳の状況は 夫婦塚古墳


鹿嶋市にある「夫婦塚古墳」。夏の季節は手入れされていないようです。採集された埴輪の検討などから後期につくられたとなっています。墳頂部に平坦面が無く後世の改変も考えられますが、私は、以前NHK番組のなかでの朴天秀先生の解説でみた朝鮮半島にある古墳に似ているとの印象をもちました。

2011年8月14日日曜日

帰省


この時期、田舎の団地にも都会の風が少しだけふきます。

2011年8月11日木曜日

今日から夏休み


旧金砂郷村には富士山なる地名があり、現在小学校と文化ホールが建っています。このたびの震災により一部被害を受け、復旧工事が行われているとの情報が入りとりあえず駆けつけてみましたが、弥生土器と思われる細片を拾いました。その後、星神社古墳に立ち寄ってみると社殿が取り壊されていました。廃材の処遇が気になります。

2011年7月25日月曜日

古墳の状況は 舟塚古墳、雷電山古墳




小美玉市玉里にある「舟塚古墳」と「雷電山古墳」。ともに墳丘に問題はないようですが、大塚先生名文の石碑が倒れていました。昨年、明治大学博物館において、舟塚古墳出土埴輪の再整理作業の成果が示され、畿内とのつながりがあきらかになりました。先日読んだ文章で、稲村繁さんの「紺 色考」のなかに、紺色を使用した埴輪の系譜が語られ、その中に舟塚古墳も入っていました。意欲的な曽根俊雄さんは、玉里地区の古墳の墳丘築造規格の変遷と系譜を提示し。最近では、黒澤彰哉さんの「茨城型人物埴輪の背景にあるもの」で、被葬者の具体的な人物像もしめされています。

2011年7月24日日曜日

古墳の状況は 茨城町の古墳



茨城町野曽にある前方後方墳の「宝塚古墳」、涸沼川の対岸にある「諏訪神社古墳群」と「栗山古墳群」ともに問題無いようです。この時期藪には入りたくないので明細は分かりませんが。この宝塚古墳の付近は南小割遺跡があり、古墳時代前期の竪穴住居址127軒、方形周溝墓1基、有段口縁壺、小波状口縁の土器類が出ている注目の地域です。これは2年前、井先生が提示されていました。